2015-06-06

6月6日 山、川、海,すべて繫がっている。

(富士川ナチュラルアクションの佐野君,春には世界中ヨットでまわっている私の友人もお世話になりました)
ウインド時代からの友人に富士川でラフティングツアーの会社をやってる佐野君がいる。彼とはちょうど彼の人生の転機ともなるような時期に一緒にオレゴンを旅したり、世界を目指して頑張ってたりしていて、応援したり、たまには喝いれて励ましたりしていたので弟みたいな存在。とても純粋で一生懸命、何か思いついたらすぐ行動に移す人だが、ラフティングやってるだけでなく、じつはサクラエビの漁師も、そしてもともとの家業の裏山の林業もやっている。そしてその3つがすべて凄く深く繫がりあってかれにいろんなことを訴えてきているようだ。私もいつも思うのだが、環境保護の活動家にはもともとクライマーだったりアウトドアのスポーツをやっていた人が多い.或は現場でリサーチや研究をしていた人も。実際に外で変化を感じられる立場にあり、そしてこのままだとどうなってしまうのかという危機感もはっきり感じられるからなのだと思う。海に関わっている人は海のことはよくわかる。山に関わっている人、雪に関わっている人,川に関わってるはそれぞれその分野の変化や聞きはよくわかる。佐野君の特別な点はラフティング会社では遊びの中で川や山に関わり、(彼自身はウインドもサーフィンもやるので海にも深く関わってるし)漁で海に出かけ、林業で山に入ることで、その3つがものすごく関係していることをじっかんできること。彼が書いていた文章は実際本やスピーチで良く聞くことではあるが、現場で実感しているものの言葉は深く、力強く、光景が目に浮かんでくる。
マウイも川の水が秘密裏に企業が引っ張っていけるよう許可が出て川が枯れかかっているような問題が今明るみに出ている。タロファームに送る水がそのせいでなくなってしまったり、水が流れ込まず川の水が淀み汚れ、海にもミネラルが流れ出ず魚も減る。
どんなことも本で読むより実際に経験することで体全体で理解することが出来る。だから私も子供達にたくさん外で自然の中で遊んでほしいと心から思っている。だってこれからの環境を守っていってくれるのは彼らなんだから、その大切さを体で感じて育ってほしいのだ。
そんなわけで彼の文章をここで紹介したいと思う。




桜えび春漁の割りが入ったので、昨日幼馴染みの先輩からこの典型的な放置林を譲り受けた。

今日をもって桜えび春漁は終わるが、この春漁も120年間メインの漁場だった富士川沖では全く桜えびが獲れずず、毎晩2時間近くかけ本来秋漁の漁場だった大井川沖へ通った。
もう3年以上こんな異常事態が続いているが、これ程富士川沖で桜えびが漁獲出来なかった年はなく、終盤にかけて狭まる群れに大井川沖の桜えびもいつまで持つのだろうと日々不安な気持ちにさせられた。

桜えびの漁場は狩野川や富士川、安倍川、大井川と大きな山を背負った川の河口を中心に形成される。

最近大井川へ向かう船を操船しながらふと思ったのだが、数年前大井川では慢性的な流量の少なさを懸念する流域の住民の声が高まり、水利権更新に合わせ従来より多くの水が上流にある長島ダムから放流されるようになった。これは大井川水返せ運動と呼ばれ、全国的にも注目を集めた。
いっぽう富士川では平成26年に、70年間続いた水利権の契約期限が終了している筈なのに、かつて日本三大急流と呼ばれた富士川の面影はどこにも戻って来る気配はなく、数日前雨が降ったばかりなのに、既に幅2mのラフティングのボートがやっと通れるくらいの渇水に戻ってしまっている。



自然の大きな摂理を人間が理解するなんて事は到底出来ないのだろうけれど、少なくとも富士川を流れる水は他の河川と比べても極端に少なく、流域の森は大雨の後には必ず何処かで土砂崩れが起こる程に荒廃し、富士川沖では未だかつてなかった程桜えびが激減している。

いつの日か以前のように活気に満ちた桜えび漁が富士川沖に戻り、綺麗に透き通った富士川でワイルドなラフティングが楽しめるよう、そんな数年先を夢見て、清らかな水滴をこの見放された林から送り出していきたいと思う。

ReFOREST


山から川が栄養を運び、海を育てる。人間も血が流れなければ生きていけないように、川は地球の血管である、濁っていてもつまっていてもまして流れなかったら地球は病気になってしまうのは当然。
最近どこでも環境問題には利権や政治の問題がくっついてくる。モンサント、防潮堤、原発、沖縄基地、東北の復興。自分さえ良ければ他はいい、受験勉強でいい学校に入り、社会で成功することが幸せだ言う空気があった学校教育で育った私達の世代だからなのか、と反省する気持にもなる。


そしてだからこそ、これからの子供達の教育は自分だけがいい思いをしてもそれは決して本当に仕合せには繫がらない.そして自分は一人ではい切られず、自然の中で生かされている、ということをしっかり小さいころから教育し、ずるく立ち回っていい思いをすることより、自分が誇りを持てる,良い生き方を目指すことを教えてあげてほしいなと思う。
病気と一緒で問題が表面化してくるまでには何年も問題が見えないところで進んでいたわけで、だから今すぐ何か変えようとしても問題が大きすぎてなかなか変わらず、自分だけじゃどうにもならないと途方に暮れてしまうけれど、問題が起こったときと一緒で何も変わっていないように見えて一人一人が意識を変えて少しずつでも環境のために良いことをしはじめたら水面下の流れが良い方に変わっていき、気がついたら問題が小さくなっていたりすると私は思う。だから小さなことでも思いついて出来ることがあればやってみようと思う。


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