0026-09-09

9月9日 BACK IN 鎌倉

長い長い放浪の旅から鎌倉に戻ってきた。あまりにいろんな場所に行き、素晴らしい出来事があって,たくさんの素敵な人たちと出会ったからブログを書いている暇がなかった。でも気持ちが新鮮なうちに記録しておかないと忘れるのでこの数日間ですべてアップして実際の日程に追いつこうと思っている。

皆さんしばしお待ちを!

0026-08-06

8月6日 Japanese Peahi、目覚める。

朝早くから目が覚め,浩平くんの家の崖から見えるサーフスポットを見下ろすが全く波がない。あれ?まだ上がってないのかな?
ゆっくり起きてきた浩平くんに聞くとその湾は東うねりに反応するけど南西では反応しないらしい。レポートを見ると南西うねりの感覚は16秒くらいでしっかり入っていると言う。『これはもう上がってますよ、でも潮はもう少しあとになってからの方が波はいいと思う、8時ごろ行けばいいんじゃないかな」
そうはいってももし上がってるならどんな様子が気が気ではない私ともりけんは朝ご飯もささとすませてまちきれずにポイントへ。

こうへいくんはここのポイントに惹かれて神戸からこの土佐清水に引っ越して来た,それだけにこのポイントへは10分もかからない。
ついてみると確かに波は大きかった。あまりに沖で割れるポイントなので道から見ただけでは分かりにくい,けれど私はジョーズの波の割れ方で遠くにある波の大きさを見るのは結構慣れている方だと思う。これはセットで10フィートはゆうにあるなと思った。私達が車を止めたそばでローカルっぽい人が海を見ていた。どんな人かは分からないし、サーファーなのかも分からなかったけどとりあえず挨拶をしに行くと四国の人らしくシャイでぶっきらぼうな感じだったけれど、質問に答えてくれた。彼の友達のような人で松葉杖をついていた人も来て,ちょっと離れたところで沖の波を見ていた。結局私ともりけんは自己紹介だけして、いったんそこを離れ,別の駐車場に行ってみると、そこに気サーフボードの櫛本さん、何人かのローカルっぽいサーファー、そしてジョーズに今年やってきた若手二人、ひろなり君とアツシくんも来ていた。二人ともこの台風が来るという時に連絡があり,何となくここに来そうな雰囲気はあったけれど,また3人一緒に会えたのが日本のジョーズとも言えるこの場所だった事は感慨深い。アツシくんは一昨日の夜ホノルルから日本にかえってきて,ボードをピックしたすぐ四国に飛んできた。昨日の夜高知でひろなり君にピックしてもらい,二人でバンを借りて移動しているようだった。櫛本さんはこの台風で家の山が土砂崩れにあい、家が土砂に埋もれてしまったと言う。なのに波が立つとここに来ているのが凄い。
『今は危険で家に近づく事も出来んのやから何も出来ないし,危ないから』と言っていたけど普通は落ち込んで波乗りどころじゃないだろうけれど,櫛本さんは20年くらい追求してきたここの波がいい感じで割れるかもしれないという事の方が大事そうに見えた。凄い人だ。
(なかなか日本では見かけないサイズの板たち)
皆それぞれ波を見ていろんな事を考え判断しているようだった。私は自分にはとても太刀打ちできない波だと言うのは分かっていた。今の自分では乗れる波ではない。普段からこれに近い波に乗っていたとしても緊張するだろうけどあのサイズに近い波すら乗った事はないだろう,まして乗った事のない場所で海面も荒れている。チャンネルはしっかりあるけれど,水の動きは半端なく,海全体がうごめいているモンスターのような様相を見せていた。実際に波に乗らなくても、見るだけでも,来ただけでもそれは一歩に繫がる,そのことは昔ウインドサーフィンを無我夢中でやっていたころ,ホキパが大きな時に何も出来なかったとしてもアウトに出ようと努力するだけでも得ることはあったから良く分かる。小さな一歩だけど前には進む。そう言い聞かせてじっくり皆の様子を観察したい、そこから学びたいと思った。

先程挨拶した人たちは隣町の漁師をしているローカルサーファーだった。最初サーファーではないと思っていた人(だって松葉杖で立っているんだから)は淳二サンと言ってここのボス的存在(全然ボスっぽい感じはなくとても優しく心の広い人ではあるけれど)そして豊和サン,二人とも隣町黒潮出身だ。

30年ほど前にすでにこの場所で凄い波が割れる事をしっていて,櫛本さんにその場所の話をして以来,櫛本さんとともにここの波を見つめ続けてきた。松葉杖の淳二サンはビッグウエイブをやり過ぎて後ろ足の股関節(ビッグウエイバーは皆そこをやられるらしい,大きな板をまわし込もうとするからなのか?)の手術をし、足が不自由であるにもかかわらず、まだまだビッグウエイブへの情熱は全く薄れるどころか燃え上がってる。自分が乗れなくてもこの自分にとって特別なこの波にどんなかたちでもいいから関わっていたい,ここの波に挑戦する人たちのサポートをしたいという気持ちでジェットの運転をやってくださっているようだ。その後どこかで「スタンドアップなら少し出来るのでこれでまたサーフィンが出来るかもしれないと光が見えた思いだ」と話している映像を見た。そういう形でスタンドアップが役に立ったらそんなに嬉しい事はない。
サーフシーンにあまり詳しくないのでローカルの人たちの事は何も知らなかったけれど、やはりこういう特別な場所にはどこでもそういう人が必ずいる。
まず皆でジェットのセットアップを手伝い,豊和サンが先発でジェットを運転しカメラマンの大倉さんを乗せて沖に向かった。大倉サンも10年間この場所を撮り続けている人,今日はいつもより良いものが撮れるという予感があるのか、仕事を二日間休ませてもらって来たらしい。ジェットスキーを見送ってからすぐ私達もピークに近い駐車場に向かった。篤くん達や櫛本さんが用意するのを見ながら私ともりけんは様子をうかがっていた。
この場所はとても特別なところで勝手に知らない人がポンと出ていいような雰囲気はないし、とりあえず勝手に出るわけにはいかない。「見るだけでも勉強だと思っていたし、とにかく通って行くうちに顔を覚えてもらい,入れるようになればいいね」とくる途中一緒に話していた森けんも突っ立っていたら櫛本さんが「森けん出ないのか?出ればいい」と言ってくれた。森けんはいいんですか?と聞いて早速準備,私も自分が乗れないのは分かっていたが岸で見るより海の上で見ている方が臨場感もあるし緊張感もある。どんなに流れが強くても自分でも安全をキープできるエリアはあると確信したので海のうごめきを感じられるよう自分が他の人に迷惑をかけない範囲だけをしっかり把握してその中で動けるだけ動こうとボードをセットした。パドルアウトすると沖に出るチャンネルはまさにうごめくモンスターのようだった。
(ライダーのサポートをするためにジェットで沖に出て暮れている豊和サン。地元のサーファーであり、ホエールウオッチングツアーをしている長年の海のベテラン。)

海面は荒れていたけど風はそう強くなく,淳二サンや櫛本さん曰く,『こんなに風が穏やかなのはほんとに珍しい』と言っていた。あまりに広い海なのでラインナップが分かりにくい,5人くらい入っていたメンバーは最初かなりバラバラなところに位置していたけどだんだんに近づいて行って一所に固まった。ひろなり君とアツシくんはかなり奥の方でスタンバイしているようだった。
間近で見たいというよりはこの海の様相を実際に感じてみたいと海に漕いで行ったけれど,予想通り本当にうごめくモンスターのようで普通に立っているので精一杯。ジェットで櫛本さん達が来てくれて,サポートするからショルダーにくれば良いと言ってくれたけど,こういう時に乗る事より,まずは自分で自分をハンドリングできる,レスキューされずに帰ってくる事、自分の安全圏をしっかり把握し自分が出来る事をする,つまり今日の私はチャネルからセットが来る前のインディケーションは何かを見つけたり,カレントがどう動くか,そして誰がどんな波にどう乗っているかを観察しつつ,この海のものすごいパワーを体で感じる事,それで充分なのだ。自分にとってもビッグウエイブはせいぜい6−8ft,今日の波のサイズは乗った事もないし,乗ってる板も全くお話しにならないけど板の問題ではなく,どんなに素晴らしいガンを持っていても乗れるサイズではないような気がする、ショルダーで小さな波に乗ってスープで巻かれルクライなら別に平気だとは思うけど,そういう事をする立場でもないし,すべきでもない,ある意味まだ入るべきではない人間なのでとにかく回りの邪魔にならず迷惑をかけずに自分の判断ですべてコントロールできる事に最大の注意を払った。
そして今の私にはチャンネルにいるだけで十分エキサイティングで感動的で,ピークに近づいたらたぶん精神的にもナーバスになり冷静でいられなかっただろうと思う。全くチャージしなかった自分を情けなくも思うが,今はその時期ではない,いつ来るかは分からないけど(来るのかどうかも分からないけど)とりあえず今日でない事は分かっていた。チャンネルでこの海のパワーを感じさせてもらえるだけでも私には十分だった。

誰が乗っているのかは分からない,左の奥で割れる三角波もすごい,そこでドかーんと割れると少し立ってから皆がいるところにもセットが来る。キッズの麻央くんは櫛本さんに連れて行ってくれとせがみやってきたらしい,まだ13歳。アツシくんの長めの板を貸してもらってでてきた。私同様まだあの大波はまだ乗れそうもないと判断したのかチャンネルで見学、でもそういう場所にいる事だって今まではなかったのだろう。ずっと座ってみていると思ったら,途中船酔いになったようだった。でもそれでもあそこに出てきた事がそれまでの彼のサーフィン人生に大きなインパクトを与えたに違いない。ものすごい衝撃だったと思う。

森けんも最初はだんだんとピークに近づき,でも危ないところはきちんと避けながら目の前に来た波に乗っていた。2、3本乗ったと言っていたけどあの波2,3本は小さな波100本くらいの価値があると思う。なんだか余りのスケールと感動と緊張が一緒に来たような,ハイになってぼーっとしたような表情をしてかえってきていた。

荒れた海面でワンラウンド,ただ立っていただけなのにもう足がぴくぴくしだし,腰も痛くなってきたのでお昼頃上がった。波に乗ってもいないのにくたくただった。そして海にいただけなのに達成感すらあった。波に乗れなかった悔しさはなかった,それくらい私にはまだ乗れないというレベルの大きさだった。それはそれでいい,まだ乗れない,でもいつか乗れるように努力するしかない,あるいは一生乗れなくてもいつか乗れるようにと努力し続けるだけでも意味はあるはず。
お昼は以前から気になっていた田んぼの真ん中にあるうどん屋さんへ。青さのたっぷり入ったうどんを選び二人で田んぼの緑を見つめながらなんだか夢みたいだった今朝の出来事を反芻していた。

その後サーフアンドシーのおみつさんのところへご挨拶へ。いつもにこやかなおみつさんのお店は四国のはずれなのにとってもおしゃれないたとウエアの品揃え。
その後浩平くんと一緒に再び波チェック。そして温泉へ。途中防波堤に出来るチューブ!
そこへ高知から来てくれたさっちゃんから電話が来た『今たぶんすれ違ったと思う!』というのでいっしょに温泉に行く事になり,結局公平クンちで御飯も一緒に。森けんがもう一度波をチェックしに行く間,夕食を作りながら浩平君の家のプライベートビーチで貝拾い。
日本じゃないみたい。思わぬ再会に感謝。私が波次第でどう動くか分からないからと詳しい予定を言わなかったのに,高知から会いにきてくれ,探してくれたさっちゃん、ありがとう。
キノコパスタでカーボロード!明日に備えます。
夕方見ていたもりけん、アツシくんとひろなり君は夕方も入ったらしい。一度クリーンナップセットが来て二人ともやられたらしい。かなり大きかったそうだ。そのときひろなり君がかなりインサイドまでいったのか大倉サンもアツシくんもひろなり君の姿が見えず心配げだったと言っていた。彼らのようなトップサーファーでもそういうリスクを考えると怖いし,ジェットがそこにあるかないかでずいぶん精神的なサポートになっているのは確実だと思う。
あそこのインサイドにはまったらとても自分の泳ぎで帰ってくる事は難しい,そういう点もジョーズに似ている気がする。森けんもあの波を見てさらに明日は安全第一にと気持ちを強くしたように見えた。
サーフチャートも凄い事になってる!
何はともあれ,明日はさらにサイズアップか!?日本でこんな波を見たのは初めて。自分の持ってるボードではお話しにならないと思った波も初めてだし、ハワイアンサイズのハワイアンパワーを持つアウターリーフだった。
それにしてもこの場所は波が立ってもさらされているので風がいつも強いはずなのに今日は風がなかった,かなり海面は荒れていたとはいえ,あれでもほんとに珍しいほどスムーズらしい。明日は朝一だけ風が弱く,それからいつも吹く左からのオフショアが強くなる予定。

良い経験をさせてもらった。自分は乗らなかったけれど,でも海に入っただけで私の今のスキルでは充分な経験であり,浩平君があんなでっかい波にスタンドアップで楽々と乗り,巻かれても平気でいるのを感激しながら見た。またひろなり君、アツシくんとここで再会、ジョーズ経験者らしいビッグウウエイブのハンドリングも見れ、何より櫛本さんのこの波に対する強い気持ち,そして実際波に乗る凄さをまのあたりにした。大好きな仲間でもあるもりけんがたぶん生まれてから一番のビッグウエイブに乗るところに一緒にいられた事も嬉しかったし、口数は少なくても熱い思いで海と向かい合い続けている淳二サンのような方と知り合う事が出来た。まあ,ほんとに興奮覚めやらないまに夜が来たという感じ,そして明日もまだ続きそうだ。海で落ちないように立って漕いでただけだというのにふらふらになる暗い足の筋肉が疲れていたし腰がぱんぱんだった。

夜おばあちゃんが原爆経験者であるさっちゃんが広島に原爆が落ちた日だという事を思い出させてくれた。彼女が帰るのを見送りに外に出たとき二人で広島に向かって祈った。こんな風に涙なんだと興奮できるのも日本が平和であるから。戦争も原爆ももう絶対にくりかえすことがありませんように。

気を引き締めて,生きている事,好きな事に熱中できる事に感謝しながら気絶。

0026-08-05

8月5日 STORM CHASER


どうしようか悩みに悩んだすえ、ぎりぎり昨日のイベントが終わる頃には頭の中は四国にいく事を決めていた。京都にいるからもう半分来たようなものだし、コンディションが当たらなくても見に行くだけでもいくべきだという気持ちだった。この夏はあのスポットがブレイクしたときに見に行きたいと思っていたから、なんだかしょっぱなからひきよせられている気もしていた。
疲れているけど興奮で昨夜はあまり眠れないまま5時頃目が覚める。
「6時半頃琵琶湖に着く」と言っていたもりけんがなかなか来ないので電話をしてみると,なんだか目ボケ声。仕事も忙しい中無理に夜中出発してきたのできっと途中で我慢できずに仮眠とっていたのだろう。安全第一,少しくらい遅れてもそのほうがいい。それに高知はまだまだ雨の災害で道が閉鎖されていたりするようなのだ。現地からのレポートでも多分サイズアップするのは明日,そうはいってももうそわそわしちゃってしょうがない。たくさんの人が被害に遭っているのにいくのはまずいかなあと向こうの友人に相談もしたけれど,2,3日前はそんな雰囲気もあったけれど,地元のサーファー達も昨日今日あたりからいろいろ動き始めているらしい。

今回は自分が乗れるサイズだとは思わないし,持っているのは日本用の小波ボード、それに風もきっと強いだろうから、自分が乗る事はあまり考えてなかった,でも一度見た事のあるその場所、その時は割れるかわれない蚊くらいのサイズだったけれど,確実に本物のうねりが来たら凄い波が建つに違いないと確信したロケーションでで実際どんな波が割れるのか、その場にいるサーファー達の雰囲気や空気が感じたかったのだ。
ピアヒでパドルで波に乗る人たちを見て、改めてビッグウエイブと向き合う人たちのメンタリティー、日頃の姿勢や考え方に惹かれ、日本で同じようにやってきてる人たちに興味がわいた。
日本のビッグウエイブを狙っている人たち,そしてなかなか割れないけど割れるときは特別な波が割れるような場所がいくつかあり,そのそれぞれの場所でどんな人がどんな形でその波を見つめてきたのか,実際割れる時にどんな風なのか,この目で見て,感じて,記録に残したいという気持ちがあった。でもまさか日本に帰ってきたとたんそんなチャンスが来るとは思ってもいなかったし,まあこういう場所は地味に顔を出して覚えてもらい,通い続けていくうちに受け入れられるところだからとりあえず行ける時には行きたいと思っていたのだ。
強く思えばそこへの道というのは自然と出来るような気がする。こうしたいなと思っていたらちゃんとこうやってチャンスが巡ってくる。
という事で焦らずちゃんと安全に辿り着けますようにと10時過ぎについた森けんと琵琶湖を出発。途中高速で運転を交代しスムーズに進んでいった。前回もりけんと高知に行ったときはパタゴニアアンバサダーのベリンダ,夫のアダムと息子のレイソンと一緒で5人分の道具と荷物をもりけんのバンに詰め込んでの旅だった。あの時に比べれば今開の荷物なんてガラガラ,足をおく場所もあるし,バックミラーも見える笑

途中何回か足摺に住むこうへいくんから連絡があった。彼は今回の波を逃したくないために家族旅行で滞在していた長野から家族だけのこして電車で土佐清水の自宅まで戻ろうとしていたのだが,途中、災害の影響で電車が止まったり道路が閉鎖されていたりで,岡山あたりでスタックしていた。どこかで私たちがピックアップできないか,連絡を取りつつ進み,結局高知で高速を降りる手前くらいの駅でピックアップする事が出来た。
彼も,「僕もそう良くなるとは思わないんですけど,でももしよかったら悔しいからやっぱり来てしまった」と言って通行止めの道路や運転停止している電車を乗り繋ぎながらなんとか高知にかえってきていた。波の持つ魔力って人を正気で行動させなくなるときがある。
浩平くんをお家に送りつつ,彼の好意に甘えて彼の家に泊まらせてもらう,浩平くんはこのエリアの波についてもよくわかっているからそういう点でもありがたい。今日は日暮れどきで8フィートくらいだったそうだ。
翌朝の事を思うと早く寝なくてはと思うのだが,思えば思うほど眠れない、と思ってたけどさすがに疲れていて私だけ先に寝てしまったみたい。それもお風呂もパスしてキャンプようの細いマットだけしいて。
Let's see what tomorrow brings 明日はどんな日になるのかな?

0026-08-04

8月4日 FOOD FOR YOUR SOUL パタゴニア京都イベント

文章は後ほど

イベント終了してゆったりとした朝。朝食はすべてプカプカ農園で朝撮った野菜で作ったもの,この贅沢!